コラム連載:元スクーデリア編集長上野和秀 第1回 太田哲也さんとの出会い

TEZZO CARS
2019.05.13

新たにスタートしたコラムを担当する上野と申します。以前フェラーリ専門誌であるスクーデリアの編集長を務め、その頃にTEZZOプロデューサーである太田さんと出会って以来のお付き合いです。その後スクーデリア誌から離れ太田さんともご無沙汰していましたが、先日ある試乗会の席で再開し、そこで「ウチのホームページに上野さんのコラムを書いてよ」とのお誘いをいただき、コラムを始めることになった次第。よろしくお願いいたします。

コラムの1回目となる今回は太田さんとの出会いと、思い出を綴ってみたい。そもそも太田さんを意識したのは姉妹誌のティーポが太田さんとジョイントして、1993年の鈴鹿1000kmにチェンバレン・エンジニアリングのロータス・エスプリで参戦した時が最初だった。レーシング・ドライバーとしての仕事に加えその模様を記すレポーターも勤め、そのリアルでしっかりしたレポートに驚いた記憶がある。

翌1994年はチーム・タイサンのF40で全日本GT選手権(現在のスーパーGTの前身)に挑み、ほとんどノーマルと言える状態ながら開幕戦で3位を勝ち取り、各部の熟成を進めた最終戦の美祢では遂に優勝を果たす。
この頃太田さんは日本で始まったフェラーリ・チャレンジのインストラクターも任され、私もその取材でサーキットに行った時に話す機会が増え、プロならでは鋭い視点のコメントを聞くのが楽しみになっていた。

太田さんのインプレッションは他のドライバーと違い、クルマの挙動を論理的に解説し、その先に起こりうる部分までを書いてあるのが特徴である。アンダーが出る、というような単純な表現ではなく、その原因から御し方までが述べられていた。この原稿を見て「この人は凄い」と驚き、だからこそ手強いF40を完璧に乗りこなしていたことが理解できた。

1995年にフェラーリ専門誌のスクーデリアがスタートし、私が編集長を担当することになった。体制が落ち着いた2号で太田さんにF50のインプレッションをお願いすることができ、当時最先端のパフォーマンスを完璧に文字で表現していただいた。以来F40や250GTOなどフェラーリの新旧ロードカーからF1マシンの412T2までをレーサーならではの視点で、さながら乗っている気にさせる素晴らしいドライビング・インプレッションを書いていただき、スクーデリアの看板記事として支持されたのは言うまでもない。

レーシング・ドライバー引退後に立ち上げた「TEZZO」は、まさに太田さんを象徴するものといえた。コストや普遍性の制限から妥協せざるを得ない市販車から、優れた操縦性やフラットな乗り心地、パワーを引き出すプロデュースは、クルマのメカニズムだけではなく、味の部分、そしてクルマへの愛を理解する太田さんの天職といえた。こうした下地があったからこそ、「TEZZO」のコンプリートカーやパーツが広く認められているのである。

次回からは太田さんが手塩にかけて創り上げたコンプリートカーに試乗して、その私的ドライビング・インプレッションをお伝えしたい。

text : Kazuhide Ueno(上野和秀)