フィオラバンティ氏は稀代の天才デザイナー!

クラシケ
2018.02.05

 ピニンファリーナの元チーフ・スタイリスト、レオナルド・フィオラバンティ氏が以前日本を訪れた際にお会いすることができました。

 ご存知の方も多いように、フィオラバンティ氏は自動車史にその名を残す名デザイナーで、日本にも氏がデザインしたクルマを愛用している自動車趣味人が数多くいます。

 筆者がお会いしたのはフィオラバンティ氏が「東京コンクール・デレガンス2009」の審査員を務めるために来日したタイミングで、このときに六本木ヒルズ52F マド・ラウンジにおいて「Fioravanti Secret Night」が開催され、私もお邪魔させていただきました。

 着席パーティ/講演形式で実施されたFioravanti Secret Nightでは、メイン・テーマとしてフェラーリ 288GTOをどのようなコンセプトでデザインしたのかということが語られ、フィオラバンティ氏よる軽快なトーク(もちろん、イタリア語)と独自のデザイン論を堪能できました。

 ちなみに、288GTOは1984年に登場したモデルなので、スーパーカーブーム以後にデビューしたフェラーリということになります。そのため、さほど身近な存在ではなかった……と思う方がいるかもしれませんが、実は全国津々浦々の子供たちをスーパーカーブーム全盛時に熱狂させた跳ね馬も、ほとんどすべてがフィオラバンティ氏による秀作だったのです。

 ディーノ、デイトナ、BB、308等がそれに該当するので、具体的な車名を知ると、いかにフィオラバンティ氏が偉大な人物であるのかを実感できるといえるでしょう。

 さて、フィオラバンティ氏は1965年に250LM ベルリネッタ・スペチアーレを初めてデザインしたフェラーリとして世に送り出し、その後、ピニンファリーナ在籍時代の最後の作品として1984年に288GTOを発表しました。つまり、約20年間にわたる“フィオラバンティ・フェラーリ”の集大成として288GTOがデザインされたといえ、ピニンファリーナの元チーフ・スタイリストが六本木ヒルズの52階において語ってくれた独自のデザイン論は、まさに“フィオラバンティ・フェラーリの輝かしいヒストリーそのもの”でした。

 まず、フィオラバンティ氏が貴重な写真を使って解説してくれたのは、1968年に発表したフェラーリ P5プロトティーポでした。同年のジュネーブ・ショーで公開された当プロトタイプは、ボディサイドの楕円を描く美しいラインを特徴にしていたといえます。

 この、エア・インテーク一体型の楕円形ラインこそがフィオラバンティ氏のサインとのことで、このモチーフは12気筒エンジンをミドシップ・マウントするためにデザインした習作、フェラーリ P6プロトティーポ(1968年発表)のボディサイドでも確認できました。

 P6プロトティーポの発展型/市販バージョンだといえるフェラーリ 365GT4/BB(1971年登場)のボディサイドでは、フィオラバンティ氏が“行って戻ってくる”と表現するエア・インテークと一体になった楕円を描く美しいラインを堪能することはできませんでしたが、1975年に発表されたフェラーリ 308GTBでは、P5プロトティーポやP6プロトティーポにも通じるフィオラバンティ氏のサインをボディサイドにおいて確認することができました。

 そして、フェラーリ 308/328シリーズのエクステリア・デザインをベースとしながら、“より強いクルマをイメージしてデザインした”とフィオラバンティ氏が語る288GTOへと時代が流れていくわけですが、スペチアーレ・フェラーリの傑出として今でも高い人気を誇っている288GTOは、既述したようにフィオラバンティ・フェラーリの集大成だといえる非常に完成度が高いデザインになっていました。

 近年を代表するフィオラバンティ・フェラーリ(ワンオフ・モデル)として誕生したフェラーリ SP1にもフィオラバンティ氏ならではといえる独自のエッセンスが多数盛り込まれています。288GTO同様、実物を見る機会があったら、じっくり観察してみるといいでしょう。

文:高桑秀典